この絵本の存在を知っている人は、いったい日本に何人いるのだろうか。ちょっと心配だ。
これまで原則として、(1)話しのあらすじを紹介しない、(2)お話しのオチをバラさない、ということを念頭において文章を書いてきたのですが、この絵本は逆に、話しのあらすじやオチを文章で表現しようとしても、恐らく無理という珍しい絵本です。
主人公のターニャは子猫、だと思います。お母さんも猫、遊びに来たおじさんとおばさんも猫、でしょう多分。他に主要な登場人物は、犬だと思われるオジサンが1人います。テーオという名だと名乗っています。
ターニャの顔は、目鼻口ともに線1本で書かれていますが、表情の変化が微妙に表現されていて楽しいです。中でも、「じゅうどう」の場面の凛々しさは、中々素晴らしい。
それから、文章も軽やかで、「あたらしいボールはいいにおい。ポンとはずんで、ピョンと とぶ」なんて感じで、お話しが進展していきます。
ずーっと前、ファミコン時代に流行ったコンピュータゲームの一ジャンル、「横スクロール式アクションファンタジー」的なノリです。「スーパーマリオ」とか「高橋名人の冒険島」とか。今もあるんですかね?横スクロール。
この「横スクロール」というのは、比喩的な意味だけではなくて、この絵本の絵は、最初から最後まで通して、1枚の大きな横長の絵になっているということです。まあ、全ページが完璧に1枚の絵というわけではないのですが、ターニャのいる世界が、1冊の本の中に等縮尺で詰め込まれているという感じです。
別の言い方をすれば、人形劇的な要素を持っているというか、登場人物とその背景、舞台を距離的に固定したカメラで追っていく展開でお話しが進むわけです。
絵は細部まで手が入っていて、とても楽しい。全部書いちゃうのは反則だと思うので、すぐ気が付く箇所だけにとどめておきますが、部屋に飛ぶハエとか、途中からネズミとか、牧場の牛の表情など話しの脈絡とは全く関係ない部分がとても気になります。
また、とてもお母さんには見えないターニャのお母さん、剣山にしか見えない玄関マットなどもいい。
題名の「ターニャのぼうけん」も、看板に偽りありというか、一般的には「おいおい、こりゃ、冒険じゃないだろうよ」と思います。まあ、題名は平仮名で「ぼうけん」と書かれていますから、漢字で書くと「望見」かもしれないし、「某犬」かもしれないし、「防堅」かもしれない。
何十回と読み聞かせをしてきた私の結論としては、かなり力を込めて「冒険じゃねーよな」と言えます。
ただ、主人公のターニャは最後の場面で、この日の経験をお母さんにも、おじさんにもおばさんにも、どうやらほとんど話していないような気がするんですね。
だから、そういう意味では、こういう親から独立した経験の積み重ねというのが、大きく人生という意味においては、子どもにとって「冒険」的であるのだよお父さん、そしてお母さん、と言えなくもないかな。相当無理のある、絵本の側に歩み寄った解釈ですけれど。
たぶん、うちの子達も、この絵本は他の絵本と違うと思っていると思うんです。例えば、作者の名前は何だか3人分くらいある長い名前だし、「キャベツのにおい」ってなんなの?とか、どう見てもテーオの屋敷の屋根にはBSのアンテナがあるように見えるなど、謎は尽きないし、話しにオチというか結論的なものが無い。
この絵本の独特の世界を理解する一つのキーワードは、やはり横スクロールというか、人形劇的な構成、話しの進み方の構造だと思います。
こういう絵本があってもいいと思うんです。子ども時代のの散文的な日々の生活を思い出すような感じで、悪くないですよ。
話しの展開は油断できませんが、それが楽しく、ヘタウマ風の絵も愛おしい絵本です。